• 風爺

介護保険物語 第2回 (3/3)

ボーッとしていられる幸せ

森藤 介護状態が軽度の場合はそういう「目標」を目指して介護するっていうこともできますが、中度から重度になるとね、そういう目標を目指すっていうよりも、そういうことじゃなくて、ただ穏やかにこの一日を過ごしたいということが優先するんじゃないでしょうか。だからそういう環境を作ってあげる。そうした中で職員がいて、接触する、その接触するときに「やさしさ」を投げかけてあげてね、その人がそこにいるっていうことを、愛情をもって受け入れてます、という発信をするわけです。そうすることで、安心して一日を過ごすことができるようになるわけです。

藤田 なるほど。そういう状態の人は、もう目標なんかより、その日をできるだけ穏やかに過ごす、それで十分ということですね。

森藤 十分なんですね。

例えば施設の中でね、テーブルの前で、なにもしてなくて、傍目にはボーッとしてるって映る入所様がいるとしますよね?そういう光景って、なにか、サービスもされずほったらかしにされてるって見えるかもしれませんが、わたしはね、あれはあれでね、なにもせずにじっとしてられるっていうことが、幸せなんじゃないかな、とも思うわけです。テレビを見ても内容はわからないし、できることって限られておられる。そういう状態の中で、安心してじっとしていられること、それってある意味その方にとっては、その方のできることの中でも最上のことなのかもしれない、とも思うんですね。

藤田 なるほどー。そう言えばむかし、私の父が生きていた頃、なにもせずに横になってるのをみて、そんなんじゃいけんけえ、~しんさいとか、よく口うるさく言ったものです。そのたびに父が言ったのが「おまえもわしの歳になりゃわかるよ」って(笑)。よく言ってたなあ。今ではその父の言葉がなんとなくわかるような(笑)。

森藤 ぼーっとしている幸せっていう(笑)。

藤田 なるほど。でもですよ?そのボーッとしてる幸せと、ほったらかされてる不幸っていうの?(笑)、ひと目じゃ区別できませんよね?この人はどちらなのか?なにかわかる方法っていうか、見分け方っていうか、あるもんですか?

森藤 それはね、区別はつくんですよ。

藤田 え?つきますか?

森藤 あのね。その人がボーッとしてる。そばを職員がウロウロしてますよね?

藤田 ええ、ええ。

森藤 その時、そのボーッとている人がね、ちょっとね、何ていうか、ちょっと異常的な状態(例えばよだれがたれてきたとか)になったときに、もしその人がほったらかされてたら、それでどうにかなるわけじゃないし、おれは忙しいんだ、ってことで、職員は見て見ぬ振りして、なにもしませんよ。でもね、そういうことになったとき、職員がすぐに飛んできてね、ちょっとよだれを拭いて、じゃあねって声かけてまた仕事を続ける、そういう場合はちゃんと見てあげてるわけです。

藤田 なるほどー。職員の動きを見てれば、ボーッとしてる幸せなのか、ほったらかされてる不幸なのか、区別がつく、というわけですか。はあー、いいですねえ(笑)。

森藤 忙しく働いてても、ちょっと目が合ったら、はーい!とか、どう?とか、ちょっとした表情だけでもしてあげることもできるよね。目が合ってもそういうことなんにもせずに、おれは忙しいんだ、って行っちゃうか。その違いですよね。

そのまま行っちゃうような人は、ある人のところへ行って、こういうことをしてあげる、そういうレベルでしか「介護」を見てないわけですよ。いわゆる介護の作業の部分しか見てない。そういう人は気づかない。目が合ったときに、ちょっとなにか対応してあげる、笑顔を向けてあげる、そうしたことの重要さ。そういうことを「介護」として見てないんですね。

藤田 ふんふん。そうですね。

森藤 だから「介護」というものは奥が深いんですよ。

「介護」、最初はきっと、いわゆる身体介護から入るでしょう。それは、基本的には誰でもできるようになるんですよ。でも、こういう施設で働いて「介護」を標榜するためには、それだけで足りないんですよ。その上になにかが乗っかってないといけない。そのことがすごく重要で、その部分は介護職員が自分で築いていかなければいけない。

そもそも、お年寄りが施設にいるのは何のためなのか、はい、身体が不自由なので介護を受けるためにいるのです。そう、正解です。が、いくら身体が不自由だといっても、お年寄りもこの施設でこれから何年もひょっとしたら20年も30年も生きて生活していくのかもしれませんよ。その間の楽しみはご自分で見つけるか、ご家族でどうぞ、というわけにはいかないでしょう。

そういうところに思いが至る人は、どんどんレベルアップしていけるし、その部分がない人は、どこまでいっても作業としての介護しかできないんではないでしょうか。

藤田 なるほど。いいなあ。

介護保険でどこまでやるの?

森藤 でもね、ひとつ問題があって(笑)。介護保険のもとでわたしたちは働いているわけですが、介護保険というものの中で、そこまで考えて「介護」をやるの?という問題が(笑)。そこまでやらなくていいんじゃないの、介護の作業だけしっかりやって、そうする中でお年寄りが生きていけばいいんじゃないの?という(笑)。お年寄りの幸せだとか、そういう内面のことまで考えなくてもいいんじゃないか、ということもひとつあると思うんですね。

藤田 はあはあ。さきほどのお話では、介護というスキルがあって、その上に、お年寄りのそういう内面をも思いやるきもちがあって、それで初めて「寄り添う」介護ができるんじゃないのか、ということでしたが、介護保険にそこまで求めるの?ということですね?

森藤 介護のスキルの上に乗っかった部分は余分なことなんだよね。介護がきっちりしっかりなされていれば、その上でそのお年寄りが「でもさみしいよ」と思ったとしても、それは介護業界として責任をもつところじゃないだろう、もつ必要はないだろう、とも考えられるんですよ。そうした精神論をもちこんでも、精神論ってあやふやなもんだから、業界としてはそこは責任もてませんと、なると思うんですよ。

ここが難しいところでね(笑)。

例えばお年寄りが介護される中で、プライベートな部分を見られる、それが恥ずかしい、と思おうが思わなかろうが、それはどっちでもいいことでね、介護する立場としてはおむつをしっかり替えてきれいになりました、それでいいんじゃないか、という考えが出てくるんですよね。

藤田 でもそれって、今まで話してくださったこととまるで逆じゃないですか!?

森藤 そう(笑)。だから、通常ね、こういう考えになっちゃうだろうってことですよ。

藤田 はああ。通常は、ですか。つまり通常は、まるで工業製品のようにお年寄りを扱うようになっちゃう、と?

森藤 そうです。でもそれじゃあだめなんで、だから、どうやってそうならないようにするのかっていうのが、難しいところなんですよ。どこかでそうならないようにしないと、介護職は介護職のプライドなんてもてなくて、いつまで経っても、看護師の助手という立場に甘んじるほかなくなるんですよ。

介護職のその重要な部分、寄り添って介護していくっていう部分、そういう介護職以外何びとも立ち入れないようなプロフェッショナルな領域があることに気づいてそこを築かないといけないんですね。

藤田 なるほど。そこのところを、介護職の安い給料で、求めるの?ということもあるんだけど、でもそこをしっかりやらないと、介護の誇りなんてもてないよ、ということですね。

森藤 そうです。そこのところがぜひとも必要なんです。それはなぜか?というと、家庭の中だったら、介護が必要になって、家族から必要な介護をしてもらって、そうして最後まで生きた心地で死んでいく。ところが、介護が必要になって、それを家族からしてもらうんじゃなくて、介護職の人にしてもらうとなったら、その介護職の人が「そこのところ」をもたずに介護をするとしたら、そのお年寄りは、その時点で死んでいるのと同じになっちゃうんです。死んだ心地で死んでいく、ということでしょうか。

だから、国が、これからは介護保険でいきます、と言ったということは、「そこのところ」も介護保険でやりますよ、ということでもあるんですよ。でも誰もそこまで考えたりはしない。単なる制度だと思ってる。

藤田 あ、ひょっとしたらあれですか、森藤部長の言われる、そういう「そこのところ」をもった介護、「寄り添う」介護って、ひょっとしたら介護保険の外から生まれる?ってことないです?

森藤 そうねえ。介護保険から「そこのところ」は生まれにくい。そもそも国が制度を考えるとき、人間の内面のことにはなかなかタッチできませんからね。

藤田 介護保険は「そこのところ」を評価しないですものね。報酬にならない(笑)。やさしさ加算なんてないですものね(笑)。

森藤 ただね、看取り加算とかあるように、介護保険も「そこのところ」の一端に踏み込んではいるんですよ。お年寄りを最後までお世話しようということになると、どうしてもそういう精神的なところも対応していかないといけなくなるんですね。

介護保険制度が始まった頃、すごく強調されたことがあるんですよ。それは、措置制度では入居者は福祉のお世話になる人、施しを受ける人。なので、あれやこれや要望など言ってはいけませんよ、と。でも、介護保険になったら、入居者は急にお客様になったのです。これからは入居者が施設を選ぶ時代なのだ。いろいろ要望があってもいいのだ。それに施設は応えていかないと入居者を獲得できなくなって、経営が困難になるぞ、とね。

つまり、さきほどの「そこのところ」を大事に考えているお年寄りに選ばれる施設になるためには「そこのところ」もちゃんと提供できる施設、職員になっていなければならない、ということなのです。

藤田 でも国もお金がなくて(笑)、もう、あれやこれや市町村や地域に投げてますよね?だからそういうところから、森藤部長のおっしゃる「本当の介護」が生まれるんじゃないか?って期待しちゃいますけど(笑)。

森藤 どうかなー?(笑) どうでしょう?

藤田 わたしが面白いと思ってる人で、加藤忠相さんていう人がおられるんですけど、その人が言ってるのが、お年寄りを看るのは、家族・施設・地域でしょうってことで、でも家族?いないじゃない(笑)、施設?これもなにもしないじゃない(笑)、だったら「地域」でお年寄りを看ましょうって言っておられるんですね。こういう視点って面白いなって思ってます。

そういうところから、森藤部長のおっしゃる「寄り添った」介護が生まれるんじゃないか?産声上げるんじゃない?そう思ったりしてます。

森藤 今回は「介護」についてあれこれと話させていただきましたが、ポイントは、「介護する」側の視点だけじゃなくて、「介護される」側の状態を十分に理解した視点で介護ってなに?ということを考えなきゃ、いい「介護」はできないだろうな、ということです。

藤田 ありがとうございます。いやあー、今回も面白かったですねー!それに深いです。本当にありがとうございました。深くて面白い。フカオモですね(笑)。次回はまだテーマが決まってませんが、またよろしくお願いします。

森藤 こちらこそ、ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。

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