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執筆者の写真風爺

介護保険 その進化過程におけるよもやま話 No.10



(7)痰の吸引


■介護職員でも痰の吸引ができるようになった


藤田 今日は平成24(2012)年改正の項目「介護職員による痰の吸引に関する改正」についてお話を伺いたいと思います。

これは要するに「介護職員でも痰の吸引ができるようになった」ということだと思いますが、これだけでは、「それがどうした?」というふうになりかねないので(笑)、森藤部長にお話を伺う前に、少しこのことの背景を説明させてもらいます。

まず、第一に押さえておきたいことは、「痰の吸引」は実は「医療行為」だということです。

ここでさらに説明を(笑)。

■痰の吸引とは

「痰の吸引」についてです。

なんらかの障害がなければ、唾液・痰・鼻汁などは通常ほとんど胃の中に飲み込まれているそうで、飲み込めなかった分は口から吐き出したり、鼻から出したりされていることにみなさんも心当たりがあるかと思います。

その量ですが、唾液は顔の下半分にある耳下腺・顎下腺・舌下腺から1日に1~2リットル、痰は外から体内に異物が入ってきたときそれらを絡め取るように喉の奥から必要な分だけ分泌され、鼻水は鼻の中で1日に2~6リットル(!)が作られているそうです。

だから唾液と鼻水だけで1日に3~8リットル作られているわけで、それらのほとんどは無意識に飲み込まれているということらしいです。

唾液:「唾液とは?」

鼻水:「たくゆう耳鼻咽喉科クリニック 院長ブログ」

ですが、なんらかの障害(呼吸器障害等)があるとそれら「喀痰」を飲み込んだり吐き出したりできない場合があります。そうなると息ができなくて窒息してしまいます。

そこで必要になるのが「喀痰の吸引」という行為です。

わたしなんかは歯医者さんで治療中に唾液の吸引をされていた記憶があります。

吸引は、たまった分泌物を取り除き空気の通り道をよくして呼吸を楽にしますが、吸引カテーテルを挿入して圧をかけて吸引するのですから、吸引される方には苦痛が伴います。

口腔内や気管内の粘膜は柔らかく、鼻の奥にはたくさんの細かい血管があります。したがって、かたいカテーテルが入ることで傷つくことがあります。

吸引は、口や鼻、気管の中に直接カテーテルという異物を入れる行為です。汚染した手や器具などを使用して吸引すれば、ばい菌を口や鼻、気管に入れる機会にもなってしまいます。

なので「痰の吸引」という行為は「医療行為」だとされています。


■医療行為とは


でも、あらためて考えてみると、「医療行為」とはなんでしょうか?

「医療行為」とは一般には「医師の医学的判断および技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、または危害を及ぼすおそれのある行為」とされています。

ある行為が医療行為であるかどうかは、個別に具体的に判断する必要がある、と言われていますが、この「医療行為(=医行為)」を、反復継続する意思をもって行うことを「医業」と言い、医師法第17条では「医師免許を持たない者は医業をしてはならない」ことが謳われています。

つまり「業」としてでなければ(=反復継続して行う意思をもっていなければ)「医療行為」をしても、それを禁止する法令はないのです。

というあたりまで説明させていただいて(笑)、ここからは森藤部長のお話を伺いたいと思います。よろしくお願いします。


森藤 どうも。今説明していただいたように、「痰の吸引」というのは医療行為ということなので、たとえ特養のような施設であっても介護職員など看護師以外の人が業として「痰の吸引」を行うことは実は違法行為ということになるのです。 だが、現実的には特養ではずっと以前から介護職員による「痰の吸引」は行われていたというのが実情なのです。ですから特養に勤める医療従事者である看護師の立場としては、本当は「痰の吸引」を介護職員が行うということにはずっと抵抗感があったのではないでしょうか。それは医療行為なので看護師である自分がやるべきことではないかと。 でも現実として、特養で「痰の吸引」を看護師しかやってはいけない、となると、特養では夜間看護師の配置が法的に義務付けられていないので、夜間にも看護師を配置するということになり、それは夜勤のできる看護師の一定数の確保やそれに対する人件費などを考えると施設としてはほとんど不可能な要求だったわけですよ。


藤田 ははあ。でも例えば「痰の吸引」をその家族さんがやるのはいいわけなんでしょ?


森藤 それはいいんです。家族さんは「痰の吸引」を「生業」としてやるわけじゃないから。ただ業務としてやってはいけないんですね。

在宅で家族さんやボランティアさんが無償で痰の吸引を行なうぶんには、医療関係者から研修や指導を受けるなど一定の条件のもとではありますが、まったく問題はないということなんです。

素人がやろうがベテランがやろうが誰がやろうが、うまくやりさえすれば誰も文句をいう人はいなかったんです。

ところが、痰の吸引が必要な人は何も家庭の中にしかいない、というわけではなく、他の場所にも存在していることがだんだん世間に明らかになってきたんです。その代表的なものが一つは盲学校、聾学校、養護学校など特別支援学校であり、もう一つが特別養護老人ホームなどの高齢者施設だったわけです。

そうした背景がありつつ、このことが最初に問題になったあるできごとがあります。


■「痰の吸引」問題の端緒


藤田 ははあ。それはどんなできごとなんですか?


森藤 当時在宅で介護を受けていた痰の吸引を要する障害児が何かの用事で外出することになり、たまたま家族が付き添えないのでヘルパーを雇って付き添ってもらい痰の吸引も併せ行ってもらおうとしたところ、医療関係者でないヘルパーが「生業」として痰の吸引をすることはまかりならん、と医療関係の筋からクレームがあり、では一体どうしてくれるんだ、などと家族関係者との間でひと悶着あったということです。

※調べてみると、厚生省のテキストで「ホームヘルパーが行う「たんの吸引」の「業務性」について」というものがありました。これのことかもしれません。

でもこの問題は特養での「痰の吸引」でも同じなわけですよ。私が特養とかかわりを持ち始めた頃は措置制度の頃だったんだけど、痰の吸引を必要とする入居者はやはりおられました。実際に介護職員による痰の吸引も行われていました。

これを違法行為と言えばそうなんですが、当時は、その行為が正当化されるだけの事情がある場合には違法性が阻却(そきゃく:さまたげること)されるという考え方により、いわば大目にみてもらっていたんですね。

だけど、この痰の吸引を医療関係者でない者が行なうことが違法状態なのだということが世間や介護業界で話題になり始めると介護職員の中には動揺する人も少なからず見受けられました。

それでこのまま曖昧な形で放置することはもはやできなくなってきていたんですね。だけど、一方で特養においては痰の吸引の必要性を理由にして入居者の受入れを拒否することはできない状態でもあった、と。

そこで、医療関係者ではない介護職員にどうしたら合法的に痰の吸引をやらせることができるのか、という模索が何年間にもわたって行われていたんですね。その結果が平成24年(2012年)の法改正という形になったんです。


■「痰の吸引」の改正、実は画期的なこと


藤田 うーん。でもどうもよくわからないんですが、看護師サイドが介護職員による「痰の吸引」を問題視したという、その理由がどうも納得いかないんですが?それはなんでなんでしょう?


森藤 それはね、いろんな職業には資格を要する職業がたくさんありますよね。その中で業務独占と名称独占という区別があるのはご存じでしょう?これを看護職である看護師と介護職である介護福祉士に当てはめてみると、看護師資格は業務独占の資格で看護師の行う業務は看護師資格のない人には絶対携わることはできません。一方介護福祉士資格は名称独占で介護福祉士は「自分は介護福祉士である」と名乗ることはできますが、介護福祉士が行う業務については誰が携わっても何の問題もありません。

つまり、「痰の吸引」は医師・看護師など医療従事者の独占業務にあたるので、他の人が(たとえうまくできても)その行為を行なうことを受け入れることはできないのです。それを認めてしまうと「看護師資格って何なの?」ということになってしまいますよ。今の介護福祉士の資格がそうでしょう? だから、業務独占の範疇に無資格者が侵入してくることは絶対認めることはできないのです。

 

藤田 はあー、そうなんですかねえ。


森藤 ともかくそういう問題があったわけで、それがこの改正のおかげで、特養の介護職員も堂々と痰の吸引を行なうことができるようになったんですね。このことはある意味画期的と言ってもよいのではないか、と思いますよ。


藤田 そうなんですか。


森藤 だからこそ、この改正が通るまでには、看護業界団体などとは相当すったもんだがあったみたいですよ。


藤田 この改正が通ったのって、介護保険が始まって12年後ですもんね。なるほど。そういうすったもんだが裏の方でいろいろあったんですねえ。はあー。

そこまで聞くと面白いですねえ。すったもんだがあったのにそれを乗り越えて成立した、そういう意味で画期的なわけですか。


森藤 介護職員としては、医療行為をやっていいのか?という疑問をずーっと抱きながら介護をしていたわけですよ。それがこの改正後は、堂々とやれるようになったわけですから。そういう気持ち悪さはもうなくなったんですね。


藤田 そういうことを伺うと「痰の吸引」だけで一冊の物語が書けそうですね(笑)。

ありがとうございます。


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