(3)ケアマネジャー制度の問題
民間に「居宅介護支援」を任せたから
藤田 今日もよろしくお願いします。今回は主に介護支援専門員いわゆるケアマネジャーという制度についてのお話を伺いたいと思います。そこには問題があるよ、ということで(笑)。
森藤 そうですね。この居宅介護支援事業所と介護支援専門員というのは介護保険制度の中で生まれた新しい事業・資格なので、どうしても走り始めてからいろんな課題が見えてくる、というのは仕方のないことだとは思います。しかし、この両者は介護保険制度運営の、特に在宅介護事業において重要な中核を担う事業・資格なので、ちょっと目を向けてみる必要があるのかなと思い、今日の題材とさせていただきました。
藤田 今回も面白そうです。よろしくお願いします。部長のレジメによりますと、いくつか問題があるということです。その第一の問題は「居宅介護支援事業所のあり方に問題がある」ということですね?
森藤 これは介護保険の費用が膨らむ原因にこの制度が一役買っている、という問題提起ですね。
在宅にいる人が介護保険サービスを使おうとすると、まずケアマネジャーさんに相談するわけですね。それで国としては、サービス利用者に必要なサービスを勘案しつつも、なるべく少ない費用でやってくれることをケアマネジャーには求めていると思うんだけど、ケアマネジャーのいる居宅介護支援事業所というのは、単独で事業を展開している場合もありますけど、まあほとんどの場合、ショートステイ、デイサービス、訪問介護など他の介護事業と併設で運営されていますよねえ?そしてこれらの事業所はだいたい民間の事業所ですよね。だとしたら、というか、だとするんですが(笑)、当然利益の追求をするわけで、利益を出すためにはお客様(ご利用者)により多くのサービスを利用してもらうに限るわけです。で、そのサービス提供の窓口が居宅介護支援事業所なので、お客様には目いっぱいのサービスを提供しようとするわけでしょ。
行政は事あるごとに公正中立などと言いながら居宅介護支援事業所のケアマネジャーに圧力をかけていますが、民間事業者の利益追求圧力はそんなものでは減じませんよ。お客様にはなんだかんだ理由をつけてサービスをくっつけていく。ま、お年寄りにとってはそれで助かっているんだからね。遠慮するはずもない。ちょっとがまんしてこのサービスは外しておきましょう、というケアマネジャーより、ここはちょっとたいへんだから、このサービスもつけておきましょう、といってくれるケアマネジャーの方が選ばれるのは当たり前のことでしょ。
介護保険が始まったとき、これからは福祉業界も経営を考え自立していかなければいけませんよ、と言いながら、一方で居宅介護支援事業所には、公正中立に、サービスは過剰になりすぎないように、などと言われましてもね。そんな器用なことができますか。ケアマネジャーの良心基準に介護費用増大の歯止めを押し付けるのはちょっと酷ではないでしょうか。
藤田 なるほどー。そういうことですねえ。
森藤 そりゃケアマネジャーも迷いますよね。でもね、社会福祉法人がやっている場合は特養などの大きな母体があっての居宅介護支援事業所なので、潰れるということをそんなに深刻には考えないんで行政が言うことは一応守ってやっていこうとするけれど、やっぱり民間企業が入ってきて居宅介護支援事業所を作ったところなんかは儲けというのを前面に出しますよね。居宅介護支援事業所だけでみると、大概赤字ですからね。それを施設の他のところで補っているわけですから。せめてトントンでやってくれーということになるのはわかりますよね。
話しがちょっとずれますが、今現在は居宅介護支援事業所のケアマネジャーが抱える利用者は35名という制限がありますが、初期の頃こういう制限がなくて、一人で70人も80人も利用者を持っているなんて話しも普通に飛び交っていました。そんなになると月1度のモニタリングなんてどうしているんだろう、なんて他人事ながら心配したりしたものですよ。
藤田 そうですね。わたしも少しですがケアマネジャーとして働かせていただいて、そういう忖度はしますよね。どうしても。
ただですね、こういうデータがありまして。
これは「居宅サービス受給者の平均利用率」というものなのですが、
(厚生労働省「平成29年度 介護給付費等実態調査の概況」より)
これによりますと、サービスはむしろあまり使われてないんですよね。支給限度額の3割から7割ぐらいしか。
大阪経済大学の森詩恵さんがこれを問題視しておられて、サービス利用がこの程度なのにも関わらず、介護保険財政が増大しているのはどういうわけだ?と。それにこのくらいしか使わないのなら、支給限度額のあり方そのものにも問題があるんじゃないか?と。
森藤 それはね、限度額の設定というのはなかなか難しい、という問題はあるんですよ。在宅でサービスを利用する人って、その人のおかれた状況によって同じ要介護度でも利用量に多い少ないがでてくるんではないですか。だから、上限は多い方に合わせておかないとサービスが十分に利用できない人がたくさん出てきても困りますからね。それで、全体統計をとると平均して○○%ということになるわけです。
藤田 なるほど。
居宅介護支援事業所の「管理者」をめぐる改正
森藤 民間企業の利益追求の姿勢についてもう少し言わせてもらうと、この居宅介護支援事業所の「管理者」、これは最初誰でもよかったんですよ。
藤田 ほうほう。
森藤 だからたいていの場合経営法人の幹部が管理者をやっていましたね。だからもう二言目には「実績上げろ」だの「稼働率上げろ」だの、そりゃもう、ボンボン言ってきますからね。その下のケアマネジャーとしてはそれをきかないわけにはいかない。それでサービス利用が拡大していくわけです。
そうした、介護保険が始まった当初は誰でもなれた居宅介護支援事業所の管理者ですが、介護保険つまり居宅介護支援事業が始まって7年後の平成19年4月から居宅介護支援事業所の管理者はケアマネジャーの有資格者でなきゃなれなくなったんですよ。それは国が経営側の居宅介護支援事業所に対する干渉を弱めることを目論んで行ったことだ、と当時の一部関係者の見解もありました。
それが、さらに平成30年にはただのケアマネジャーではなく、主任ケアマネジャーの資格が要件となるわけだけど、ここでまたこの主任ケアマネジャーとただのケアマネジャーとどこがどう違うのだろう、という疑問が湧くんですね。
藤田 はあはあ。なるほど。
森藤 だってそうでしょ?管理者になるようなケアマネジャーというのはそれなりの指導力とか知識があるから任命されるわけでしょ。事務所内での暗黙の了解というか、あの人なら、という感覚でね。そのあたりの裁量は数値化できないというか。
それを、主任ケアマネジャーの資格を取っているから管理者に、っていうのは、少し不安というか、安易なんじゃないかなあ。
でも国はそういう方向へ行っている。
それについて考えてみるとね、先ほどもちょっと言いましたが、営業サイドの都合じゃなく、国の思いというか思惑というか、国として保持したいサービスの公正性・中立性みたいなものを居宅介護支援事業所、特に主任ケアマネジャーに担ってもらいたい、いや、担わせよう、としているんじゃないかと、わたしとしては考えちゃうんだよね。
藤田 はあー。そういうことですかー。
森藤 措置時代にはあった国のコントロールというものを、せめて居宅介護支援事業所を通してその手綱の一端を保ちたいのかなあと思うんですよ。
だとしたら、サービスのケア・マネージメントという、介護保険の肝となるような重要な機能を民間に丸投げしたことを大きな失敗だと思っているのかもしれませんね。
藤田 うわー。そういうことですかー。面白いですね。
優秀な介護士がみんなケアマネジャーになっちゃう
藤田 次は優秀な介護士がみんなケアマネジャーになってしまう、という問題についてです。
森藤 ケアマネジャーという資格の取得に係る問題なんですが、この問題は日本全国の介護職員全体の「介護力」の低下に大きな影響を与えていると考えているんですよ。
藤田 はああ。「介護力」の低下ですか?全国的な?
森藤 そうなんです。ご存知のように、ケアマネジャーになる試験を受けるためには、基礎資格と言われる、5年間の実務を経験するための国家資格が必要じゃないですか?社会福祉士とか看護師とか。それらの資格の中で、受験者数が一番多いのが介護福祉士なんですね。
つまり介護福祉士として働いている人が、実務経験を積むと、やがてケアマネジャー試験を受けることができるわけです。
で、このケアマネジャーの試験というのはそれほど簡単ではありません。一言で言ってしまえば、つまるところ頭がよくなければなかなか合格しません。
ということは介護福祉士の中で頭のよい人がみんなケアマネジャーになって、介護の現場から離れてしまうということになる、というわけでしょ?
その結果何が起こるか?
あからさまには言いにくいですが、少なくとも介護現場の業務遂行能力が低下することは間違いないでしょう。つまり簡単に言うと「介護力」が低下するわけです。
こういった現象が全国的に起きているわけですね。
特に介護保険が導入された初期の頃は、とにかくケアマネジャーの数を増やさないといけない、というのがあって、試験の合格率が今よりずっと高かった。なので、大勢の介護福祉士がケアマネジャーに転身してしまいました。だいたい介護福祉士の中で志のある人の目指す次のステップはほとんどケアマネジャーですからね。
今でも、ケアマネジャーを目指して頑張っている介護福祉士の方は多いでしょう。
でもわたしが思うに、ケアマネジャーという仕事には、介護福祉士や看護師よりも、利用者さんやその家族様とのやりとり、サービス事業者との交渉など、あるいは福祉全般に関する知識量などを考えると、どうも社会福祉士の仕事が一番近いのではないかと思います。
藤田 はああ。そうかそうか。そうですねえ。
でもですよ?介護業界じゃない一般の会社でも、平社員だった人が係長になったり課長になったりするじゃないですか?そういう仕事の中でのポジション的レベルアップっていうのは、いいことじゃないです?
一般の会社と介護業界でのレベルアップということ、これどこが違うんでしょうか?
森藤 それはね、一般の会社では、係長になっても課長になっても、別にどこかに行っちゃうわけじゃない、そこにいるじゃないですか?一緒に仕事ができるわけです。
でも介護業界でケアマネジャーになったら、もう現場にはいないわけでしょう?どこかの居宅の事務所に行っちゃうわけだから。
だから現場は歯が抜けたみたいになるわけですよ。
藤田 あああ、そうか~。ホントだ。そうですね(笑)。
でもこの問題、どうすればいいんでしょう?介護士もレベルアップしたら、ケアマネジャーじゃなく、主任とかなんとか、そういう職務があればいいのか。
森藤 まあそうですねえ。あればいいんですけど、そんなにポジションないし。
まあ昔から言われていることなんですけど、1法人1施設というのはだめだから、できるだけ施設を統合してね、1法人3施設、4施設ぐらいに規模を大きくしなきゃだめよ、と。よく国は言っているんですけどね。事あるごとに、規模拡大、経営を安定したければ規模拡大。ただその辺は法人の考え方、求めるものによるということでしょうね。
藤田 なるほど。そういうことですねえ。
「社会福祉法人」に要求される役割の変化
藤田 ではでは次の問題です。これはケアマネジャーというシステムとは直接関係ないんですが。
2016年に久しぶりに「社会福祉法」が改正され、その中で社会福祉法人に対し「地域における公益的な取組」をしなさい、と明文化されたわけですね?
わたし、知らなかったです。そんなことがあったんですね。
でもそれがどういう問題になるんでしょう?
森藤 そりゃ問題ですよ。だって考えてみてください。社会福祉法人っていうのは、そもそもが、福祉事業をするために設立された組織ですよ。だから社会福祉法人だけが特別養護老人ホームやショートステイ、デイサービス、訪問介護などをやっていたんですよ。それってまさに「地域における公益的な取組」そのものじゃないですか?
それが、介護保険ができてから、民間企業も参入できるようになって、民間企業がやるようなことは福祉事業じゃないというんでしょうか?
民間企業も福祉事業を担えるようになった、のではなく、社会福祉法人がやっている福祉事業は福祉事業ではなく介護保険事業になったということなんですよ、これは。
だから社会福祉法人はもっと福祉事業をやりなさい、ってことですよ、これは。
藤田 あーそうか。そうですねえ。そういうことなんですね。
でもこの、新たにやりなさいって言われている「地域における公益的な取組」って、具体的にはどんなことなんですか?
森藤 それは事例を紹介したものがあるので、後で差し上げますね。
藤田 あ、そうですか。ありがとうございます。
森藤 まあわからないでもない部分もあるんですよ。例えば同じことをやっても株式会社なら税金がかかるけど、社会福祉法人だと税金がかからない、おかしいんじゃないの?っていうことになるので、その分、社会福祉法人は民間企業がやらない福祉事業をやってくださいね、っていうこともあるんですよね。
(全国社会福祉法人経営者協議会・「1法人(施設)1実践」活動事例集 第9集
見捨てられる人が増えるのではないか
森藤 どんどんいきますけどね(笑)。
藤田 あ、どんどんいきますか(笑)。
森藤 いきますよ。
国は予防・地域連携に力を入れ始めて、地域包括ケアという考えを出してきたわけですが、それと同時に2018年の改正で「介護医療院」という施設が新しくできたじゃないですか?
藤田 ええ。それまでの「介護療養型医療施設」に替わるものですね?
森藤 そうです。ああいうものが新しく入ってきたということは、予防の対象になるような人は地域包括ケアでみてもらって、そうではない重度の方はこちらの方でみようということになっているわけで、言ってみれば介護の対象が二分化されつつある、ということでしょうか。
藤田 ははあ。
森藤 問題はここからですが、これまでの福祉事業が介護保険事業になってそれが民間事業になってしまった、と。すると本来、措置制度時代だったら、福祉事業の中ですくい上げられていた人たちが介護保険事業では見捨てられるという現象が起こり始めているんじゃないかと思うんですよ。
藤田 ほああ。例えばどういうことですか?
森藤 前回だったかお話した、最も重度で扱いも難しい困難な人が特養入所の判定会議で選ばれないことがある、というのはその典型でしょうね。じゃあそういう人たちは誰がみるの?ということですよ。
藤田 あ、そうか。そうでしたね。言わば、介護難民が発生しているんじゃないか、と。
森藤 それに介護保険ができたといっても、「老老介護」「認認介護」「介護離職」「孤独死」なんていう問題は一向に解決に向かっているとは思えないですよね。
解決どころかむしろ増大・深刻化しているんじゃないですか?
こうした現状からわたし思うんですが、実は、国はこれまで福祉というものに正面から取り組んだことがないのではないか?と。
介護保険が始まる前の福祉というのは、例えば社会福祉法人などがその典型ですが、地域の名士、資産家などがその志で法人を立ち上げ社会福祉施設・事業を創設し運営をしていたものがほとんどですよ。それは、あくまでもそうした人々の善意によるもので、当時の障害者や高齢者などのニーズに十分応えられるものであったとは必ずしも言えないものでしたけどね。
でも、それでは押し寄せる高齢化の波を支えきれなくなったので、新たに介護保険制度を創設しさらに民間事業者の活力に頼ろうとしたというだけであって、国が正面からこの問題に取り組んでいるとは言えないんですよ。
藤田 はああ。そうですねえ。当初からの問題がちっとも解決してないじゃないか、と。
森藤 それがなぜかって言うと、国があまりにも問題を拡げ過ぎているんですよ。最初に出てきた問題点を解決しないでいて、どんどん対象を拡げてしまった。問題を拡散してしまっている。
だってね?要支援とか要介護1とか、こういったところにエネルギーや財力を投入しなくても、そういう人々は直ちに生き死にの問題になるわけではないでしょう?
そんなことより、さっき言ったような問題にもっとピンポイントに焦点を当てて、その解決の手を打つべきではないかと思うんですよ。そこに財力を集中させたほうがより効果的な結果が得られるのではないかと、わたしとしては勝手に思っているんですね。
藤田 おおお。なるほど。
森藤 また穿った見方を言いますと(笑)。
現在の少子高齢化といううちの高齢化の方はね、あと30年経てば終わるんですよ。とにかくあと30年経てば終わるんだから、今の問題も30年経てば問題じゃなくなるんだから、今はこのまま頭を低くしていこうって。たぶんそう思っているんですよ(笑)。だから今、正面から取り組まなくても構わない(笑)。すみませんね、これはちょっと穿ち過ぎでした。
藤田 ははあ。なるほど、そうですねえ。
30年経ったらどうなるんでしょうねえ。
ということで、今日はなんだか森藤部長の日頃の鬱憤をまとめて出されたような(笑)。
ともかく色々な問題点を出していただいて、でもそうした問題点も、30年もすればもう問題じゃなくなるからっていう、厚労省の考えを穿っていただきました(笑)。
今日も面白く深いお話でした。
次回もよろしくお願いします。
ありがとうございました。
森藤 こちらこそ、ありがとうございました。
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